「今夜、急な雨が降るそうです」と店員は言った。外は晴れていたのに、彼女の目は確信に満ちていた。

研究室を出たのは午前三時を回った頃だった。修論の締め切りまで二週間を切り、最近は毎日こんな時間になる。大学の構内は建物の灯りがほとんど落ちていて、自分の足音だけが石畳に響いた。空は晴れていて、冬の星が白く光っていた。

いつも立ち寄るコンビニが見えた。夕方にゼリー飲料を一本飲んだきりで、胃が空っぽだった。橙色のサインがアスファルトに照り返していた。引き寄せられるように自動ドアを押した。

入り口のすぐそばに、丸い凸面鏡が天井近くに設置されていた。なんとなく自分の顔を確認しようとしたが、鏡の中に自分の姿がはっきりと映らなかった。蛍光灯の光の角度のせいかと思って、すぐに棚へ向かった。

店内に客は一人もいなかった。深夜とはいえ、この時間には酔ったサラリーマンや夜食を探す学生が一人二人はいるものだが、今夜は棚の間が静まりかえっていた。レジの奥に、若い女性の店員が一人立っていた。青白い顔をしていて、黒い髪を後ろで一つに結んでいた。

温かいお茶とおにぎりを手に取り、レジへ向かおうとした。入り口近くの棚に折り畳み傘が並んでいるのが目に入ったが、空は晴れていたし、必要ないと思って通り過ぎかけた。

「傘は、いかがでしょうか」  店員が声をかけてきた。振り返ると、彼女はレジカウンターの外に出て、こちらをまっすぐ見ていた。笑顔ではなかった。何かを伝えようとするような、静かな目だった。「今夜、急な雨が降るそうなんです」

買い物リストにない五百円の傘。でも彼女の言い方が引っかかった。「降るかもしれない」ではなく、「降るそうだ」。それは予報ではなく、決定事項を伝えるような口ぶりだった。なんとなく断れなくて、かごに入れた。

レジで会計を済ませた。店員は手際よく袋に入れてくれたが、おつりを渡す時、指先が触れた。冷たかった。氷を握っていたみたいに。「お気をつけて」と彼女は言った。私もほとんど無意識に「ありがとうございます」と返して、ドアを押した。

十歩も歩かないうちに、雨が降り出した。最初は一粒、二粒だったが、すぐに音を立てて叩きつけてくるような雨になった。傘を広げる手が震えた。振り返ると、コンビニの橙色のサインが雨の向こうにぼんやりにじんでいた。

家に帰ったのは三時半過ぎだった。玄関で濡れた靴下を脱いでいると、同居の友人が廊下に出てきた。「遅かったね、びしょ濡れじゃない」と言いながらタオルを持ってきてくれた。傘のことを説明しようとして、鞄を確認した。傘が入っていなかった。レシートも、おにぎりも、お茶も、何も入っていなかった。

翌朝、友人と話した。「あのコンビニの店員さんに傘を薦められて助かった」と言うと、友人が手を止めた。「あそこ、半年前から閉まってるよ。夜中に店員さんが急に倒れて、そのまま亡くなったって。大家さんから聞いた話だけど」

鞄の底をもう一度探った。指先に、何か薄いものが触れた。取り出すと、それは折り畳み傘のビニール包装だけだった。中身はなかった。包装の端が、まだ濡れていた。

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