写真を撮るより先に、その部屋には何かがいた——私が来るのを、ずっと待っていたように。
廃墟撮影を始めて五年になる。仕事はIT会社の事務職で、休日の撮影が唯一の趣味と言えるものだった。廃墟を見ると、時間が止まった空間に立ち入るような感覚があって、それが好きだった。恐怖ではなく、むしろ静けさを求めていた。
八月の末、長野の山中にある廃ホテルへ向かった。かつては夏の観光客で賑わったらしいが、二十年前に閉業し、そのまま放置されている。地元のブログに掲載されていた写真が美しく、いつか行こうと思っていた場所だった。最寄り駅からレンタカーで一時間、昼過ぎに現地に着いた。
駐車場から見上げたホテルは、思ったより大きかった。五階建て、かつては白かったと思われる外壁は苔と雨染みで灰色になっていた。窓はほとんどが割れているか、外れかかっていた。カメラを構えて外観を数枚撮った。後で気づいたことだが、撮影前のメモに私はこう書いていた——三階の一番奥の部屋だけ、カーテンが引かれていた、と。他の窓には何もなかったのに、その一枚だけが薄いグレーのカーテンで塞がれていた。私はその時、廃ホテルに残っていた最後の調度品として、特に気に留めなかった。
内部に入った。フロントのカウンターには古い帳簿が残っていたが、湿気で貼り付いて開けなかった。ロビーを撮影し、階段を上って各フロアを回った。二階は客室が並び、布団の残骸や破れた壁紙、落ちた天井板が床に散らばっていた。三階に上がると、廊下の奥まで見通せた。夏の光が窓から射し込んでいて、塵が光の中に漂っていた。きれいだと思った。
三階の廊下を端から端まで歩きながら撮影した。十二室のドアがすべて開きっぱなしで、内部が丸見えだった。最奥の部屋、三一二号室だけがドアが閉まっていた。カーテンの部屋だと後で気づいた。ノブに手をかけたが、固くて開かなかった。無理に開けるのは気が引けて、外から一枚撮って、帰り支度を始めた。
帰宅したのは夜の九時を過ぎた頃だった。シャワーを浴びて、パソコンに写真を取り込んだ。二百八十三枚。サムネイルをスクロールしながら確認していくと、三階の廊下を撮影した連続写真に差し掛かった時、私は手を止めた。
廊下の突き当たりを撮った一枚に、窓の外、空中に、人が立っていた。三階の高さに、足場も何もないところに、人の輪郭があった。顔はよく見えなかったが、こちらを向いていた。拡大すると、それは女だった。長い髪が肩にかかり、両手は体の脇に垂れていた。風が強かったその日、長い髪は——微動だにしていなかった。
私はしばらくその写真を見ていた。そして最初の外観写真を開いた。三階の奥の部屋、カーテンの引かれた窓。拡大を繰り返して、私はようやく見つけた。カーテンの端が、少しだけめくれていた。その隙間に、白い指が五本、内側からカーテンをつかんでいた。撮影に行く前から、私が来るのを待っていたように。
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