配信中ずっと視聴者が「窓を見ろ」と言い続けていた。振り返るたびに、何もなかった。翌朝、アーカイブを開くまでは。
毎週火曜と金曜の夜、私はゲーム配信をしている。チャンネル登録者は二千人ほどで、顔出しなし、雑談中心のゆるい配信だ。特別なことは何もない、ただゲームを進めながら視聴者とだらだら喋る、そういう時間を私は気に入っていた。配信部屋は自宅一階の六畳間で、窓の外はすぐ住宅街の細い路地になっている。夜になると人通りはほとんどない。防犯のために、配信中はいつも遮光カーテンを引くようにしていた。
その夜も、十時に配信を始めようとしていた。機材のチェックをしながら、なんとなくカーテンの方を見た。端のほうが、わずかに浮いているような気がした。風の入り込む隙間でもあるのかと思い、触ってみると、閉まっていた。気のせいだと判断して、そのまま椅子に座り、配信をスタートさせた。
コメント欄には三十人ほどが集まっていた。新作RPGを進めながら、視聴者と穏やかに雑談していた。「このボス強すぎる」「攻略見た方がいい」「もっとレベル上げして」——コメントが弾んでいた。一時間が過ぎた。いつもの金曜の夜だった。私はゲームに集中していて、部屋のことなど何も考えていなかった。
そのとき、「窓、開いてる?」というコメントが来た。私は画面に集中していたので、流し読みで「閉まってますよ」と答えた。しかし、その後もしつこく続いた。「窓の方に何かいる」「後ろ気をつけて」「カーテン動いてない?」。私はそのたびに振り返ったが、カーテンは静止していた。照明の反射が変に見えるのだろうと思っていた。常連たちの悪ふざけの一種だろうと思っていた。
三時間を超えたあたりで、普段はほとんどコメントをしない常連のひとりが、「まじで怖いからやめて」と打ち込んだ。その人が怖がらせ系のことを言ったのを、私は一度も見たことがなかった。少し気になって、私はそのとき初めてきちんと椅子から立ち上がり、カーテンを一気に引き開けた。外は暗い路地。誰もいない。ガラスには自分の顔が映り込んでいるだけだった。
それで終わりにした。その夜は結局五時間配信した。コメントの「窓」についての話題は、いつの間にかなくなっていた。終了ボタンを押し、機材の電源を落としてから、私は初めて部屋の静けさに気づいた。外は深夜の路地。静かだった。特に気にすることもなく、私はそのまま眠った。
翌朝、何気なくアーカイブを再生しはじめた。編集用の確認がいつもの習慣だった。一倍速でぼんやり眺めていると、配信開始から十分後のフレームで、私は思わず手を止めた。画面右端に映るカーテンの裾が、わずかに浮いていた。配信中は気づかなかった。時間を進めるたびに、その「浮き」はゆっくりと大きくなっていった。一時間後には、カーテン越しに、人の形をした黒い影が透けていた。二時間後には、その影はガラスに近づいていた。
三時間を過ぎると、影はガラスに顔らしきものを押しつけているような形になっていた。配信画面の右端に、ずっとそれがあったのだ。私が何度も振り返るたびに、影は必ず静止していた。動かず、じっと、待っていた。五時間の配信が終わると同時に、影は消えた。まるで終了を知っていたかのように。
私はアーカイブを最初まで巻き戻した。配信開始の最初のフレーム。カーテンの裾をよく見ると、ほんのわずかに、外側から何かで押さえているような形に——浮いていた。配信前に私が触れて「閉まっていた」と判断したあの瞬間から、もうそこにいたのだ。私が触れたとき、一瞬だけ手を引いたのだ。
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